2019年6月2日(日)上前津Club Zion

過去を振り返ると、どうしようもない悔恨の念に押しつぶされそうになることがある。世の中には「後悔のないように生きろ」だなんて教訓めいた言葉が蔓延っているけれど、僕はどんな道を選んだところで後悔してしまう気がしてならない。

 

2019年6月2日。

この日は、新曲を披露した。

 

今朝、耳障りなアラームに刺されて目を覚ました僕は、ポケットの中からスマートフォンを取り出して、天気予報のアプリケーションを開いた。掌の大きさにまで圧縮された世界は、本日の名古屋市の空模様を伝えてくれた。灰色の雲がいくつも表示された画面を見ると、思わずため息が出る。

 

今日、愛知県では二ヶ所で大きなイベントが開催されていた。名古屋市ではサカエ・スプリングと呼ばれるサーキットイベントが、蒲郡市では森道市場と呼ばれる音楽フェスティバルが敢行されていた。

音楽が多くの人の耳に届き、心を動かす一日であるにも関わらず、空には息が詰まりそうなほどに雲が覆いかぶさっていた。目覚めたばかりの僕は、意識を夢の中に置き去りにしてきたかのような気持ちでいた。まるで僕の思考にも分厚い雲が覆いかぶさっているかのようだった。

 

目覚めてから少し時間が経つと、意識は戻ってきた。けれど、思考力を取り戻した僕の脳裏をかすめるのは、過去の失敗ばかりだった。

 

あの人に酷いことを言った。

あの人を拒絶してしまった。

あの人と最後まで仲良くなれなかった。

あの人を傷付けてしまった。

 

取り返しのつかない失敗をいくつも思いだして、こんな間違いばかり繰り返してきた自分は消えてしまうべきなのだと考えるようになった。

 

自分が世の中にとっての不純物であるかのような感覚は、いつまで経っても消えてくれない。

そんな僕だから、これまで生きてきた中であった幾つかの選択肢を、正しく選び取れたという自信もない。むしろ間違った選択ばかりしてきたようにも思う。

けれど、僕はいつまでも自分の失敗を引きずりながら生きていたくないと、最近ほんの少しだけ思えるようになった。

だから、自分が選び取ってきた人生を少しでも誇れるように、「不正解」という歌を書いた。

 

「歳を重ねていくほど間違ってしまうから 誇れないよな 笑えないよな

こんな大人になりたくなかったのに

出来の悪い物語と誰に揶揄されても 傷が付いても 恥をかいても

生きるのは間違いじゃない」

 

そんな歌を歌いながら、周りを見回してみた。

どれだけ間違えてきたのだとしても、今の自分を支えてくれている人が少なからずいることを実感する。

きれいごとかもしれないけれど、何度も間違えて、失敗して、後悔し続けた先で、この人たちに出会えたことだけはそれでも誇っていたいなと思う。

 

これから先もきっとまだ間違ってしまうかもしれない。けれど、誰かにとって間違いだったとしても、僕だけはそれを胸を張って正解だったと言えますように。

 

つまらない日記で、すみません。あんまり長く書く気になれなくって。けれどあなたが見てくれていること、曲を聞いてくれていること、本当に力になっています。

ありがとうございました。