2019年2月24日(日)新栄RAD SEVEN

新栄RAD SEVENにて。


今日は三重のバンド、Agorophiusに誘っていただいた日です。「僕はニンゲンになりたかった」は、弾き語りでの出演となりました。

僕自身、バンドスタイルで出たい気持ちはありましたが、条件が揃わず、結局一人で出演することを選びました。


雑居ビルの二階にあるライブハウスの扉を開けると、そこには見知った顔が幾つかあって、ぎこちないなりに旧交を温めてみました。僕はなんだかいつもよりいい気持ちになって、久しぶりにビールを飲んで歌いました。


この日、僕にとって大切なライブハウスも最後の営業日と相成りました。


僕はその最後の一日を観客として見に行きたい気持ちがあったのにも関わらず、同日に別のライブハウスに出演することを選びました。


呼ばれなかったことへの悔しさだったんでしょうか。それとも、本当はあのライブハウスに大した思い入れがなかったのでしょうか。


あれこれと考えを巡らせてみましたが、僕はやはり、自分が呼ばれなかったライブをぽかんと口を開けて見ている気になれなかったのかもしれません。

僕は音楽を作って、偉そうに歌っておきながら、リスナーとしてはできそこないです。ちっとも音楽を心から楽しめる人種ではありません。

ですから、いっそ裏番組にでもなってやろうと考えたのかもしれません。


ビールを身体に入れた状態でステージに上がると、Agorophiusを見にいらしたであろうたくさんの方々と目が合います。僕はアコギ1本、声帯1つで逃げ場がない状況だというのに、不思議と居心地がよかったことを覚えています。

その視線にどこか温もりのようなものを感じながら、歌い始めます。


まずは「この世界にようこそ」を演奏しました。ゆっくりと、母の胎内のような、温かで、静謐な場所をイメージして歌います。

ギターを指で爪弾きながら顔を上げると、真剣な眼差しがやはりこちらに注がれていました。

俄然、熱が入って、もっとこの人たちに僕のことを知ってもらいたいと思います。

そのまま、2曲目の「加害者の砂漠」を歌いました。僕は「許せないことがあるから、それを歌います。」と言ってこの歌を始めました。怒りと諦観と、そういったものを表現したこの歌が誰かの心に刺さるのでしょうか。少しギターを間違えて、ひやひやとしながらも、そんなことよりも僕の歌を聞いておくれよという気持ちが優って、心も声も前のめりになっていきました。


続いて、「宴もたけなわ」を演奏しました。この歌は僕にとって懐かしい風景を思い起こさせます。アルコールの入った大学生の様子を描いた歌。おちゃらけて、笑い合っている若人たち。その中にいたはずの僕が、いつの間にか遠くにいる。遠くから、彼らを眺めている。彼らが皆、僕の手が届かない場所にいるような気さえする。お酒を飲んだ帰り道のあの寂しさや虚しさをサンバのリズムに乗せたこの歌は、当時の僕が抱いていた違和感を如実に表現していて、だからこそ今歌いたくなるのかもしれません。


「宴もたけなわ」を演奏し終えて、僕は自分の名前の由来について話し始めました。どうして僕が、「僕はニンゲンになりたかった」という名前で活動しているのかをお話しました。

今日、僕を呼んでくれたAgorophiusは一見すると陽気な音楽を鳴らしています。ですから、最初は出ることを躊躇っていました。けれど彼らが、刺さる歌を聞きたいと言っていたので僕も自分のことを包み隠さず話すことにしたのです。

僕が話したのは、僕と母のことでした。最後まで親になりきれず、周囲の人との軋轢を生み続け、最後には自ら命を絶った母のこと。そんな母を許せなかった、あの日の僕のこと。

そんな母が、苦しみながらも生きようとしていたこと。


そういうことをすべて打ち明けてから、最後に「グッドウィルハンティング」を歌いました。


本当はもう一曲歌うつもりだったんですが、なんだかこの日は酔いも手伝って話しすぎたので、一曲減らしてしまいました。

それでも、自分なりの表現ができたような気はしています。自分にしかできない、自分の歌を歌えました。

 

 

自分の出番を終えてから、新栄にあるSIX-DOGへ行きました。今日、最後の日を迎えた僕にとっても大切なライブハウスです。

最終営業日のSIX-DOGには人がごった返していて、その中には見知った顔もたくさんあって、お客さんも演者も切羽詰まっていて、それでいて温かくて、なんだか見ているだけで泣きそうになりました。このライブハウスを愛している人がこんなにたくさんいたなんて、それだけで僕は嬉しくてたまりませんでした。


けれどそれ以上に、そんな最後の日に関われないことを悔しくも思いました。僕はやはり、自分が出演しないライブを黙って見ていられない性質です。


満員のフロアに入ることを諦めて、バーカウンターにいると何人もの知り合いと顔を合わせました。久々に話したバンドマンに向かって、酔った勢いで「いつかお前と一緒にライブをしたい」などと妙な宣言までしてしまって、それでもあんな風に口走ったことが実現するなら、それはどれほど素敵なことでしょうか。

 

 

僕はSIX-DOGを後にして、RAD SEVENに向けて走りました。二月の夜だというのに、もう春がそこまで近づいていることを感じさせる暖かい空気が、僕の鼻先や頰をかすめていきました。予想だにしない汗をかいて、僕はおろおろとしながらまたRAD SEVENに足を踏み入れます。


そこで見たAgorophiusの演奏には、またしても愛が溢れていました。彼らの提案する音楽の楽しみ方はどれも突飛なもので、けれど聴衆がそんな予想外の展開に心躍らせているのがわかりました。

彼らの音楽は、自分が愛するものを臆面もなく愛するための勇気を人に与えている気がしました。マイノリティとして世間から弾き出され、足蹴にされてきた人を受け容れる懐の深ささえ感ぜられて、だから僕はこのバンドのことが好きなんだろうなとつくづく思うのでした。


一日に二つのライブハウスで音楽に対する人々の愛を目の当たりにして、僕は嬉しいやら、悔しいやらで、どうにかなってしまいそうでした。今日だけは何杯でもお酒を飲んでしまいたいという考えが頭をよぎりましたが、そんなことを考えたそばから僕はもうすっかり酩酊してしまって、ふらふらとした足取りでライブハウスを抜け出しました。

 

新栄の駐車場に停めた車に転がり込んで毛布を被ると、どういうわけか涙がこぼれてきました。ぽろぽろぽろぽろ、止め処なくこぼれてきました。

淋しいような、悲しいような、嬉しいような、怖いような不思議な涙で、その理由はもうずっと、わからないのかもしれません。

 


セットリスト

1.この世界にようこそ

2.加害者の砂漠

3.宴もたけなわ

4.グッドウィルハンティング