ある日、千葉さんとそのお友達と連れ立ってライブハウスに行った。閉店間際の、多くの人に愛された店だった。
そしてそのライブハウスは、千葉さんにとっても大切な場所だった。
千葉さんが客席へと続く扉を開けると、昔馴染みの顔が見えたらしい。千葉さんはその一人ひとりにそれぞれ愛と誠意を持って話しかけた。そうしているうちにバンドの演奏が始まり、騒音と人混みに揉みくちゃにされながら、彼は遠くに行ってしまった。
千葉さんはその間、ずっと笑顔だった。僕が真似できないぐらいに、心から笑っていた。
一方、僕は千葉さんのお友達とホールの手前に取り残された。僕は目の前で千葉さんの人望をまざまざと見せ付けられ、心底幸せそうな顔を見て、すこし気圧されていた。
千葉さんのお友達は、千葉さんを「太陽みたいな人だ」と言った。あの人の周りにはいつもたくさんの笑顔があった。酒を飲んで否応なく周囲を巻き込み、誰とでも友達になってしまう。そこにいるだけで周りにいる人々を笑顔にする千葉さんは、確かに太陽のような存在だと思った。
けれどその一方で、この世界を"地獄"と形容したり、ライブの直前に僕に向かって「今日は人の目なんて気にしないでお前が苦しかったことを全部吐き出せ」なんてことを言ったりする。
きっと千葉さんはたくさん絶望して、どうしようもならない現実に打ちのめされて、それでもあんなに潑剌と笑うから、余計まぶしく見えるのだろう。
千葉さんは、「お前の歌は、僕の暗い部分に刺さるんだ」とよく言ってくれる。「お前は本当にいい歌を書く」とも言ってくれる。その言葉に、僕は心底救われている。
千葉さんがベーシストとして参加しているバンドは4つある。
苦しくても笑って生きていこうぜと高らかに歌う「The Remembers」。
人の心に寄り添い、繋がりを大切にする「たかゆき with ホエールズ」。
ロックスターたちが奏でる、純然たるロックバンド「The Vases」。
そして、「僕はニンゲンになりたかった」。
こうして並べてみると、自分の音楽はジャンルとしても、歌詞の印象としても浮いている気がしなくもない。だから、千葉さんの中でやりづらさがあるんじゃないかと心配することもあった。
けれどある日、どこかのバンドマンがトんだとか、ライブをキャンセルしたとか、そんな話をしていた時のことだった。
千葉さんは笑いながら
「もしも信太郎がトんだら僕たちどうする?インストで信太郎の曲やる?」
なんてことを言った。
「僕はニンゲンになりたかった」は、僕が手前勝手なことを歌うためにソロ名義としている。だから、千葉さんは正規メンバーではない。
にもかかわらず、彼は万が一僕がいなくなってもステージに立とうとしているわけで。サポートだからと一歩引いて考えるわけでもなく、ずかずかと人の領域に入り込む遠慮のなさ。僕がいなくとも僕の歌を伝えようという明後日の方向を向いた思考。冗談めかしてでもそんなことを言ってしまえる度量。
千葉さんのそんな考え方に触れるたびに、人はもっと自由でいいのだとも思う。
僕は以前組んでいたバンドを、ほとんど自暴自棄になって辞めてしまった。疑心暗鬼になって誰も信用できなくなり、多くの人に迷惑をかけ、暴走して、めちゃくちゃにしてしまった。
だから、もしも自分がまたおかしくなってしまった時、できるだけ人に迷惑をかけないためにソロ活動をしている側面もあった。
けれど千葉さんはそんなことにはお構いなしに、僕を認めて、近付いてきてくれた。
だから僕は、この人のことは絶対に裏切りたくないと思って、いま一緒にバンドをやっている。
千葉さんは「僕はもう幸せになることは諦めた」と言っていた。
けれど千葉さんのような人こそ幸せになって然るべきだし、世の中がそうさせないんだとしたら、僕はこの世界を許したくない。
「僕はニンゲンになりたかった」として演奏することが、千葉さんの幸せに少しでも寄与できていたらいいなと思う。
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2023.12.04 追記
千葉ワンマンをもう一度やれた。
千葉さんの周りにはやっぱり数えきれない笑顔があった。
こんどはサポートメンバーではなく、同じバンドのメンバーとして、一緒にステージに立った。yomosugaraとして、この日のトリを飾らせてもらえた。
僕の喉は枯れてしまって、かなり不細工な歌になってしまったけど、なによりも感謝を伝えたかった千葉さんが泣いていたし、喜んでくれていたから、この日の役目は果たせたと思う。
あの頃、千葉さんは幸せになることを諦めたと言っていたけれど、いまの千葉さんはとても幸せそうだ。千葉さんと一緒に音楽をやれている僕も、紛れもなく幸せだ。
千葉さんだけじゃなくて、yomosugaraのメンバー皆んなに、幸せになってほしいと思っている。もっと言えば、yomosugaraを聞いてくれた皆んなにも、幸せになってほしい。
僕はとても弱いし、自分勝手な歌ばかり書いてきた。そんな歌が誰かのためになることがあるなんて、知らなかったんだ。
でも、千葉さんや、yomosugaraを気に入ってくれたあなたが、そんな歌だから良いんだよって、教えてくれたんだ。
僕はそれがすごく嬉しかったから、それを教えてくれた皆んなにも幸せになってほしいんだ。
yomosugaraを聞いてくれているあなたは、きっと生きるのが得意な方ではないと思う。どちらかといえばいつも生きづらさを感じていたり、日々自己嫌悪に苛まれていたり、人に誤解されやすかったり、思ったことをうまく伝えられなかったり、そんな人が多いのかもしれない。
僕はたまたま近くに千葉さんみたいな人がいて、運がよかっただけなのかもしれないね。
だからさ、たまたま運がよかっただけの僕の歌なんて、どこまであなたの辛さに寄り添えるかわからないけど、あなたたちが、この歌を聞いた先で幸せになってほしい。
辛いことがぜんぶ消えなくても、ときどき、本当に生きててよかったって思える日があってほしい。
僕の歌はそのための踏み台であってほしい。
いまは本当に心からそう思えてる。
いつかまた、生きててよかったって言える日を、一緒につくろうね。