2018年12月8日(土)新栄Twee

新栄の町には数え切れないほどの思い出があります。

以前組んでいたバンドで、何度この地にライブを演りにに来たことでしょう。繁華街である栄の町からほど離れた、場末の町。

新栄という名前に反して、栄よりもどこか古くさいこの町は、わたしの見解ではアンダーグラウンドな文化が根付いている場所です。得体の知れないビルの中に入り込んだライブハウスや、深夜まで営業している中華料理店、夜遅くまで酒をあおりながらクダを巻く夢を追いかける若者たち……。

わたしもきっと、そんな若者の一人でした。


この日は久しぶりに再会した人が二人いました。その二人に歌を聞いていただけることが、なにより嬉しい誤算でした。

けれどわたしは怯えてしまって、その懐かしい人たちの目の奥に、わたしに対する侮蔑が見え隠れしているかのように錯覚してしまいました。手前勝手に増長した不安に押しつぶされそうになって、なんとか平静を装ってはみたものの、どうしても過去の自分の行動を思い起こしてしまいます。それも失敗や間違いに思われることばかり想起せられて、自分はとんでもない重罪人であるかのように考え始めてしまうのです。それはきっと杞憂や思い込みといった言葉で片付けられるものなのかもしれません。けれど時々、自分の愚かさを大昔まで遡って自虐的な思考に陥るのは何故なのでしょう。本当にわたしだけがいつも間違ってきたからなのでしょうか。


そんなことを極力考えないようにしながら、僕はサポートメンバーの二人とゲームをやっていました。(前日に購入した例のスマッシュブラザーズです。)


「僕はニンゲンになりたかった」のライブでは、ほとんど千葉さんとながとくんにサポートをお願いしています。わたしはこの二人の存在にとても安心しています。

近ごろはわたしのほかにどんな音楽が流れていても、自分を貫いて歌えるようになったように思います。

それはこの二人のおかげでもあると感じているわけです。サポートしていただいているという立場もあり、わたしは我儘、好き放題に曲を書いているわけですけれど、この二人に助けていただけていることに心より感謝しています。


12月8日は、わたしにとって特に自分を試された一日でした。

多種多様な音楽がしっちゃかめっちゃかに鳴っていて、その場にいるだけで目が回りそうなイベントだったわけです。

よほどのことがなければ交わりそうにない音楽と共演して、わたしが伝えたい歌など微塵もその鼓膜には届かないように感ぜられました。

だからこそ「いつもと変わらない調子で演ってやろうじゃないか。」といった妙な反骨精神が芽生えたのかもしれません。

 

 

ステージの上に立つと、妙に身体が強張りました。なにに対してわたしは緊張しているのでしょう。人に嗤われることでしょうか。失敗することでしょうか。理解されないことでしょうか。たぶん、どれもちがうのだと思います。わたしはステージを降りた後に「自分を表現しきれなかった」と悔やむあの気持ちを、なにより恐れているのだと思います。

人の目を気にして、自分のやり方を捻じ曲げて、本当に起こしたい行動を起こせないで生きる。わたしはきっと、それをなによりも恐れています。

ですから、恥や外聞はすべて捨てることにしました。そうでなければ、なんのためにライブをしているのかわからなくなってしまう……。そう考えながら、機材の準備を終えました。

今日もライブができる。自分の歌を聞いてもらえる。とても好きな人たちにそれを支えてもらえる。こんなにありがたいことはない。ですから、わたしはいつもライブの直前、サポートのお二人に「今日もよろしくお願いします。」と声をかけるようにしています。


PAの方と目があって、「もう始めていいよ。」という合図を受け取ってから、リバースディレイを通したギターを爪弾きました。挨拶をして、「この世界にようこそ」の演奏が始まります。


演奏しながら、わたしは何度も言いました。

「生きていてよかったって、思いたい。」

わたしはこの頃そんなことをよく考えます。どんなに生産性のない日々を過ごしていても、どんなに自分の人生を誇れなくなっても、毎日苦しくても、それでも「生きていてよかった」と思えるような日を、時々でいいから作りたい。そんなことを考えながら歌を歌っています。


歌いながら「この会場にいる方々に、この歌が伝わるのだろうか?」と考えなかったわけではありません。「もしも自分の歌がまったく無意味な音の羅列でしかなかったら……。」それを考えない日は一日だってありません。

けれど、それでも自分にとって意味があるように歌おうと思いました。「加害者の砂漠」も「ハリボテ」も、伝わる人にしか伝わらない歌なのだと思います。誰にでも当てはまるような歌ではないのかもしれません。しかし、少なくともわたしにとっては真実です。


アップテンポな2曲の演奏を終えて、ファズギターの余韻が会場にこだましていました。わたしは、次の曲を演奏することがどこか恐ろしかったのです。

そして、その余韻を無理に裁断するように、わたしはあの曲のリフを弾き始めました。

それが「アリとキリギリス」でした。これは以前のバンドで制作した曲です。ソロになってからもこの楽曲を演奏し続けていますが、今日久方ぶりの再会を果たした「二人」にお聞かせするのは初めてのことです。ですから、わたしは怖くなりました。しかも今日は、そんな懐かしい曲を少し改造していたのです。

「アリとキリギリス」のイントロは元来、静かなリフの後にコードストロークに移行する形を取っていました。しかし今日はあえてそのコードストロークの部分に轟音のギターリフを入れました。スタジオでなにも言わずこのアレンジを披露した時に、サポートメンバーの方々が評価してくださったことが嬉しかったのです。

そのギターの音を聞いているうちに、また迷いや恐れが薄れました。


わたしはステージの上に全身全霊と、おびただしい量の汗を置いて帰ることができました。

演奏直後は、これで伝わらなければそれはもう仕様がないことなのだと割り切って考えることさえできたほどです。


昔はよく考えていました。バンドが熱を込めるあまりに、聴衆にまるで伝わらないといった事例について頭を悩ませていました。けれど今は、それよりも大切なことがあるのだと思うようになっています。

わたしは勝手なのかもしれません。そしてどこまでも身勝手で、馬鹿なのかもしれません。

 

 

12月8日はわたしにとって今年最後の演奏でした。

「僕はニンゲンになりたかった」は今年の6月から動き始めました。

出会えた人の数は沢山ではなかったかもしれません。それでも、わたしのような取るに足らぬ者に気付いてくれた人がいたことを、本当に感謝しています。


来年もどうか変わらぬご愛顧を賜われたら幸いです。新しい音源も発表できるように楽曲の制作もしておりますので、お知らせできる日まで気長にお付き合いいただけたらと思います。

これからもどうぞよろしくお願いいたします。

 

 


セットリスト

1. この世界にようこそ

2. 加害者の砂漠

3. ハリボテ

4. アリとキリギリス

5. グッドウィルハンティング