豊橋での一日を描くのに躊躇ったのは、なにもあの日が思い出したくもないほどに厭だったから、というわけではない。
ただぼくは、自分がとんでもない大嘘吐きのように感ぜられて、筆を握る手が(この場合、ほんとうは"iPhoneを握る手が"と表現すべきだが、余りにも味気なく無機質なその表現をぼくは避ける)重たくて仕方がなかったのだ。
けどぼくは、それが単なる思い過ごしであることを知る。ぼくは自分は音楽をやるべきではないように思ってしまう時があるけれど、そうではなくて、本当は音楽をやり続けなければどうにかなってしまいそうなのである。
漫画喫茶という小洒落た名前の高級ホテルを出たぼくは、ひとり豊橋の駅のホームを新しい靴で闊歩した。
「あの店の飯は、どうめえ。」
「うまいら?」
といった豊橋の方言によるやり取りが、耳に滑り込んでくる。地元ではなくとも、戻ってきたという実感があった。
豊橋club KNOTは、音がとても良いライブハウスだというのは、ぼくの一つ目の感想。ギターの音が、おっきくて堪らない。この表現、恐らく音楽を演っていない人には伝わりづらい、曖昧なものなのだが、喧しいギターの音は、音量が大きくても不快であるのに対して、でかいギターの音というのは、音量がでかい上に、それがやけに気持ちいいのだ。club KNOTでぼくがギターを鳴らすと、いつもでかい音が鳴る。包み込まれるような音が、それだけでぼくを幸福にした。
そして、豊橋club KNOTは人が温かいライブハウスだというのは、ぼくの二つ目の感想。店長の尾藤さんは、お父さんのような人柄で、豊橋のバンドマン達にはもちろん愛されているし、サイフォニカも尾藤さんのことが大好きだった。
きょうはそんな温かい場所に向けて、歌を歌った。昨夜の千葉での出会いから、ぼくの中でまた原点回帰が始まっていた。かつてのサイフォニカのライブに、かなり近しい雰囲気でのライブが出来た。正直に言えば、ぼくは今、とても肩の力が抜けている。肩の力が入ったライブはそれはそれで格好よろしい。けれど、ぼくは自分が限りなく自由に鳴るのを、全身で感じていた。何か、新たな飛躍があるような予感さえした。
そんな中でのライブ。きょうはきちんと、伝わった筈である。その伝わった相手が数人であろうが、一億人であろうが、関係ない。関係ないと、きょうは信じている。
セットリスト
1.インスト
2.えらいひとたち
3.TNT
4.ペルソナ
5.セロトニン
6.グッドウィルハンティング