2018/01/19 高槻RASPBERRY

インフルエンザの流行ここに極まれり、本日の出演者の実に八十パーセントが、この流行りの病に依って演奏形態の変更ないし出演辞退を余儀なくされていた。

 

五つあった出演バンドは四つに減り、うち二つはバンドで出るはずだった予定が弾き語りでの出演となった。

メンバー四人のうち三人がインフルエンザを患ったために、取り急ぎサポートメンバーをかき集め、コピーバンドとして出演してくれた方もいた。

 

店長さんは

「長いことここに勤めているが、こんなことは初めてだよ。」

と、我々の自尊心を幽かにくすぐることを仰った。

 

高槻は大阪の外れにあった。大阪の都心部に比べれば名古屋に近しく、ぼくが大阪に抱いていた猥雑とした印象を覆す、ひなびた商店街だった。東京の町田や八王子のようでもある。お爺さんやお婆さんがマイペースに車道を横切り、踏切の遮断機が降りれば、その前にたくさんの自転車達が停まる。遮断機が上がり、のろのろと蠢きだすその鉄の馬の群れは、この町の生活の脈拍をあらわしているように感ぜられた。

 

高槻ラズベリーは、年季の入ったライヴハウスだった。硬いコンクリートの床の沁みは、今日という日までここに流されてきた汗や涙を象徴していた。

 

細長い通路のような楽屋に入り、無数のバンドのポスターを眺めていたら、目眩がした。

この世の中には、まさに掃いて捨てるほど多くのバンドがいる。その多くのバンドの一つ一つが、日夜楽曲を生み出すことに苦心し、メンバー同士の人間関係に悩み、ライブやオーディションの結果に一喜一憂して、CDをリリースしている。その様子を想像したら、倒れそうになった。なんて、途方もないことをしているのだろう。しかも、ぼくにはその途方もない中の一つであるという自覚が、てんでなかった。

多くのバンドが有象無象から脱け出すために工夫を凝らし、試行錯誤し、売れたバンドの動向を調査し、何故売れたのかを推理し、模倣さえして、いつの間にか自身の信念も矜りも捻じ曲げている。

そして、そこまでしても脚光を浴びることが出来ない。それに気付いた人間の大半が、音楽を辞めていってしまう。

その音楽の生死の螺旋を頭に描いたとき、ぼくはまた軽々しく

「死んでしまおうか」

と考えた。

ぼくの死亡欲求はじつに浅はかで、こんな具合に被害妄想や勝手な空想の上に成り立つ。死にたいと願っている人間ほど、生きたがっているものだ。近頃のぼくは、相変わらず厭世的で悲観論者ではあっても、こうした思考の傾向を分析出来る程度の冷静さを取り戻しつつあった。

 

今日の出演者の方々は、一様に若かった。皆、二十一とか、二十とか、そんな背徳的な数字を背負っていた。そこに紛れ込んだ、二十五の男(カナも同い年ではあるが)。どうもやりづらさを感じた。

自分の好き勝手にやっているぼくの音楽は、感性も若く瑞々しいこの子たちには、好い影響を与えられないと思った。ぼくは自分の音楽を、ある種の毒とさえ考えている。

それはそう考えていないと矜りが傷付けられるからでもあるが、事実、親譲りの財産で無為徒食の生活を送りながら、時おりその自責の念で発狂しているようなぼくの生きざまは、親に「バンドをやるなら家を出ろ」と追い出され、都心部で一人暮らしをし、日夜アルバイトをしながら睡眠時間を削って音楽を作るというステレオタイプなバンドマン像にとっては、毒でしかないのだ。ぼくはそのステレオタイプなバンドマン像こそ、感性が研ぎ澄まされて、最高品質の音楽を創り得る環境だと未だに信じて疑っていない。やはりぼくの環境から生まれる音楽は、毒だ。

ぼくはまだまだその自分の毒を音楽に落とし込めていない。「くず」にはそれなりに落とし込めたが、まだ足りない。もっと自分の暗部や恥部を、公衆の面前に曝さねばならない。

 

今日のぼくらの演奏は、はっきりいって平均点以下だったとおもう。本当はもっと凄いものを見せられるのに。こんなものではないのに。そんな後悔がここ最近のぼくを支配している。

クリエイターのエゴで、ぼくは完成した作品にすぐ飽きてしまい、そうすると新しい楽曲を制作し始める。結局ぼくにとっての最新の楽曲は常に書き換えられ続け、最新の楽曲こそ、その時のぼくの表現の最高到達点に当たるので、一向に満足する気配がない。

 

それにしても、今日はなにか足らなかった。なにか、尖りが足らなかった。自分が普通になってしまうのは、一番恐ろしかった。そういえば、汗をあまりかいていない。いつもライブをすると雨の中を歩いた猫のように水びたしになってしまうというのに、今日はそれほど汗が出ていない。妙にさらりとした肌触りが、却ってぼくの悔恨を引き立てた。

 

 

 

セットリスト

1.インスト

2.TNT

3.hayari

4.ペルソナ

5.セロトニン

6.グッドウィルハンティング